第42回総会・秋季学術講演会

「運動器疾患の神経障害性疼痛の治療戦略」
日本赤十字社 日本赤十字病院
麻酔科部長・ペインクリニック部長
石川 慎一 先生
 
運動器疾患で最も症例数が多いのは腰椎椎間板ヘルニアなどの脊椎疾患による坐骨神経痛である.椎間板内治療はIntradiscal therapyと呼ばれ,椎間板内に薬液あるいはデバイスを注入・挿入して,主に椎間板由来の腰痛あるいは神経根圧迫による下肢痛の軽減を期待する治療である.
椎間板内治療の種類は1)薬液を用いて椎間板由来の痛みの軽減やヘルニアを退縮させる椎間板内注入療法,2)高周波熱凝固装置を用いて椎間板あるいは関連する神経を熱凝固させる椎間板内高周波熱凝固治療,および3)低侵襲デバイスを用いて椎間板を変性凝固あるいは切除させる経皮的椎間板髄核摘出術,に分類できる.いずれも低侵襲であり種類によっては根治性が期待される.椎間板内治療の適応を判断するには,椎間板性腰下肢痛の存在を確認する必要がある.腰椎MRIでは,椎間板変性,椎間板ヘルニア,T2強調画像におけるHIZ(High intensity zone),Modic変性などは椎間板性腰下肢痛の可能性を示唆する所見である.椎間板造影・注入や椎間板CT所見による情報は,椎間板内治療の適応判断に有用であるが偽陽性や偽陰性を考慮する必要がある.
椎間板内治療のエビデンスに関しては,エビデンスがないデバイスが多い中で,IDET(Intradiscal electrothermal treatment)と椎間板交通枝高周波熱凝固に弱い推奨がある.経皮的椎間板髄核摘出術では,自動経皮的腰椎椎間板切除術が腰下肢痛に,Dekompressorが椎間板性腰痛に弱い推奨となっている.コンドリアーゼは本邦発の治療で,2019年にはエビデンスなしとなっていたが近年論文は増加しており,さらなるエビデンスの確立が期待できる.
椎間板内治療では診断から各手技にわたり,特徴をつかんで熟練することが有効性を上げるために重要でありエビデンスの構築が困難な要因の一つになっている.
今回,全内視鏡下椎間板治療による治療を含めて,腰下肢痛に対するインターベンショナル治療について解説する. 「慢性疼痛の治療・京大での試み 〜患者安全への患者参加について〜」
京都大学医学部附属病院 医療安全管理部
助教 加藤 果林 先生
慢性疼痛ガイドラインの「痛みのモデル図」に示されているように、慢性疼痛の原因には「神経障害性疼痛」「侵害受容性疼痛」「心理・社会的要因」が関与しており、慢性化すると,痛みの要因はどれか1つに起因することは少なく,いろいろな要因が複雑に絡んだ混合性疼痛(mixed pain condition)になります。
5000人を対象に行われた臨床試験では、神経障害性疼痛をお持ちの方は10.6%(10人1人)もいると報告されています。また、60歳以上の方に多いという結果になっており、高齢化社会に突入している日本では、潜在的には非常に多くの患者がいると考えられ、今後ますます増加していくことが想定されます。さらに、神経障害性疼痛は「痛みの強さ」「持続時間」ともに他の慢性疼痛よりも高い傾向にあり、日常生活に大きな影響を与えることが明らかになっています。痛みによる生活の質の低下を考えると、早急に治療されるべき疾患と考えます。治療を受ける患者・患者家族が積極的に参加し、服薬の意義を理解することで、高い治療効果が期待できます。患者・患者家族は治療を一方的に受けるのではなく、医療に参加する存在です。以前はコンプライアンスが重要視されていましたが、コンプライアンスは医療従事者から患者さんに対する一方的な指示であるのに対し、アドヒアランスは患者・患者家族自身が治療の選択や決定に携わることが特徴です。神経障害性疼痛のアドヒアレンスについて一歩踏み込んだ研究をご紹介いたします。
また、長く持続する痛みは,心理社会的な要因も関わって,病態を非常に複雑にしており、一診療科や一人の医療者での対応には限界があって当然です。
演者は京都大学医学部附属病院でペインクリニック外来医長の立場として、他部門との連携を強く推進してきました。
マインドフルネスは慢性疼痛ガイドラインでエビデンスレベル1A(行うことを強く推奨する)となっていますが、講座の受講に20~30万かかり、講座数が少ない等日本でのマインドフルネス受講のハードルは高いのが現状でした。
保険診療の枠組みの中で治療できるように、数年間の試行錯誤を経て、2022年より精神科デイケアの一環として「マインドフルネスストレス逓減法」を導入し、ペインクリニック外来患者への提供を開始しました。
苦労あり、涙あり、挫折ばかりで何度もくじけながらやっと辿りついた治療方法について概説いたします。
患者さんのご紹介を心よりお待ちしております。
 

第41回春季学術講演会


 
「脊椎関節炎の最近の話題」
関西医科大学附属病院 リウマチ・膠原病科
科長 病院教授 尾﨑 吉郎 先生
 
 強直性脊椎炎に代表される脊椎関節炎は「血清反応陰性脊椎関節炎」という疾患群に分類されるが、この疾患群の分類における診断基準(分類基準)と、それぞれの疾患の診断基準が別に存在し、専門に診療している医師から見てもやや煩雑である。強直性脊椎炎や乾癬性関節炎以外にも幾つかの疾患がこの血清反応陰性脊椎関節炎に分類されるが、未だに入るのか入らないのかが、しっかり確定していない疾患もあり、非専門の医師から見れば、さらにわかりにくい分野である。
 それでも、近年は分類基準が整理されつつあり、またCTやMRI、関節超音波などの診断デバイスの進歩から、診断までの期間が格段に短縮されている。日常診療における進歩は診断の範囲のみではなく、治療に用いることができる薬剤の進歩も著しい。
 従来は進行を遅らせることは至難の業であったが、生物学的製剤などの登場は、患者さんのADL維持を可能にしている。さらに、疼痛管理においてもNSAIDs以外にオピオイド製剤が使用できるようになったことで、これらの疾患に罹患する患者さんのQOLの改善に大きく寄与している。
 近年、大きく変化した血清反応陰性脊椎関節炎に関して、概略ではあるが提示させていただく。
 
「慢性疼痛の病態とリハビリテーション~疼痛感作からPost COVID-19まで〜」
 
神戸学院大学 総合リハビリテーション学部 理学療法学科
教授 松原 貴子 先生
 
慢性疼痛は,典型的には3か月以上または通常の治癒期間を超えて持続する痛みと定義され,その病態には疼痛感作が関与し,心理社会的因子の影響を受けるとされている(慢性疼痛診療ガイドライン,2021)。運動器の慢性疼痛は,COVID-19罹患後症状(Post COVID-19 condition)のひとつであり,広範性疼痛に次いで頚部痛,そして肩・腰・膝痛などの訴えが多く,この病態にも疼痛感作や心理社会的因子の関与が示唆されている。このような慢性疼痛に対し,各国の慢性疼痛診療ガイドラインでは,運動と患者教育がfirst-lineに位置付けられている。
運動は,“Exercise is the best medicine(運動は最善の薬)”として,commonな慢性二次性疼痛だけでなく,痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)に分類されるような慢性一次性疼痛にも奏効するポテンシャルを有している。その効果メカニズムとして,運動誘発性鎮痛(exercise-induced hypoalgesia: EIH)や脳報酬作用が根拠となっている。しかしながら,ただ運動するだけでは効果量は小さく,また運動負荷が過剰となれば逆に痛みを惹起する可能性があり,運動バリアによる制限も起こりうる。よって,運動は“Exercise is a good medicine”ではあるが最善の治療法とまでは言えず,そこが運動療法の限界であり今後の課題ともいえる。
その対策として必要になるのが,reassuranceや治療過程における共同意思決定を可能とする患者教育のような行動変容アプローチとの併用であり,それによって効果の底上げが期待される。また,疼痛を緩和し運動導入・継続をサポートする薬物療法やインターベンション治療などの生物医学的治療は,運動療法とともに慢性疼痛治療の両輪をなす治療法であり,多大な効果が期待できる。
本講演では,慢性疼痛の病態として疼痛感作に着目し,現在増加傾向にあるPost COVID-19疼痛の話題にも触れながら,運動療法の有効性と課題を整理し他治療との併用の意義と相補的効能について考えながら,慢性疼痛治療に対するリハビリテーションの最善策について議論を深めたい。

第41回総会・秋季学術講演会の抄録

「手・前腕・肘の痛みと整形外科的アプローチ」

JCHO大阪病院 副院長 兼 手外科・外傷センター長 島田 幸造 先生
痛みとは、A unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage.(国際疼痛学会)と定義されるように、Tissue damageに伴う不快な感覚、ただし必ずしもTissue damageがあるとは限らず、あったとしても組織学的には治癒している場合もあることで我々は混乱する。整形外科的にはまずそのあるべきTissue damageを検索し、治療することから始める。そのためには、1)どこが痛むのか(骨?関節?筋肉?皮膚?)2)どんな時に痛むのか(安静時?運動時?朝?夜中?使い過ぎた後?)3)どうすると楽になるのか(挙上?冷やす?温める?動かす?NSAIDs?)といったことを検討し、病態を解明し治療に繋げる。
関節やその近傍に起因する痛みとして、野球肘やテニス肘、腱鞘炎などオーバーユース障害では、それが骨軟骨障害なのか、靭帯や筋腱など軟部組織障害なのかを検討し、障害部位を修復、あるいは除去して再建することで治癒させ、疼痛を改善させる。血流障害や神経性の疼痛については、外傷性神経血管損傷、急性および慢性循環障害に伴う神経因性疼痛、手根管症候群を代表とする絞扼性神経障害など多岐にわたるが、それぞれの病態を理解すれば治療法方針も明確になる。循環障害であれば血行再建や筋膜切開などによる循環動態の改善、外傷性神経損傷では偽神経腫を形成させないような修復、絞扼性神経障害であれば圧迫部位の切離開放により改善が図れる。長期間の疼痛は中枢感作を生じ難治性となるケースがあり、我々はそれを予防し、改善することを目指している。
u  関節の痛み、関節付近の痛み
Ø  野球肘、テニス肘(ゴルフ肘)
u  腱鞘炎
Ø  屈筋腱腱鞘炎(バネ指など)、ドゥ・ケルバン病
u  コンパートメント症候群
Ø  急性(骨折後)、慢性(CECS)
u  神経の痛み
Ø  神経損傷、絞扼性神経障害(手根管症候群)
上記を中心に、実際の手術例を供覧して我々のアプローチを紹介する。

「 今考えたい日本の便秘診療 ~最近の新しい治療 strategy~ 」

兵庫医科大学 内視鏡センター・消化器内科学講座  准教授 富田 寿彦 先生
慢性便秘症はありふれた疾患で、診療科を問わず、多くの医師が自身の経験に基づいて診断や治療をしてきた疾患である。慢性便秘患者の多くは医療機関を受診せずに自ら生活習慣や市販薬を内服していたりする場合が多い。これまでの多くの研究から著しく患者の日常生活や労働生産性を損ない、QOL を低下させることが知らされているため、適切に治療すべき疾患であるといえよう。昨今は COVID-19 環境下でのストレスや運動不足の影響で、これまで以上に便通異常を訴える患者を診療する機会が増加したと感じる先生方も多いのではないだろうか。超高齢化社会を迎えた本邦において、慢性便秘患者は増加の一途をたどっている。特に高齢者は併存疾患や処方薬、食事量や運動量が減少するなどの生活環境の変化に加え、腸管運動に関与する様々な因子が便秘症の要因となる。さらに便秘症は生命予後への影響も示唆されており、高齢者では特に治療すべき疾患と考える。
ここ数年で慢性便秘症の薬物治療の選択肢が広がり、患者個々の病態に応じた治療が可能になってきたことで、QOLの高い治療を提供することが可能になっている。既存薬含め各種薬剤の特徴や留意事項を踏まえて適切に選択することは重要であり、有効性・安全性の両面から治療を進めて行くことは重要である。そこで本セミナーでは、消化器内科医師の立場から慢性便秘の薬物治療における薬剤選択時の留意点と治療の意義、さらに新規治療薬であるエロビキシバットの使用上のポイントについて概説する。

第41回総会・秋季学術講演会

第40回春季学術講演会

矢部充英先生抄録

オピオイドを使うときのPitfall~安全に使用するために
大阪市立大学大学院医学研究科  麻酔科学講座 講師
大阪市立大学医学部附属病院 麻酔科・ペインクリニック科
矢部充英 先生
オピオイド鎮痛薬は手術麻酔のみならず、日常臨床においてもその強力な鎮痛作用を活かして様々な場面で活用されている。
欧米に比べてその消費量が少ないと言われてきた本邦においても近年、慢性疼痛に対してオピオイド鎮痛薬の適応拡大が図られ、現在数種の強オピオイドが使用可能となっている。
また、がん患者においては、治療と診断の技術が進むにつれて治療成績が向上し、「がんサバイバー」が増え「がん性疼痛」の臨床経過が変化してきた。
オピオイド鎮痛薬は使い方によっては精神と行動の著しい変化、依存性や耐性を生ずる可能性があり、使用する際には十分な痛みの評価と適応について慎重に判断されるべきである。にもかかわらず、その不適切な使用により、離脱困難などの転帰をとるケースがしばしば見受けられることも事実である。
本講演会では私の経験した症例を提示しながらオピオイド鎮痛薬の適切な使用について理解を深め、共に議論できればと考えている。

林田賢治 先生抄録

肩関節拘縮と腱板断裂  ~長く続く肩の痛み~
第二大阪警察病院 副院長
整形外科 部長 林田賢治 先生
 
肩の痛みが長く続くと、夜間痛がおこり睡眠が妨げられたり、強い肩こりが起こるので頭痛や頸部痛が引き起こされやすい。その結果、気分不良、イライラ感、全身倦怠感が起こりやすくQOL低下を引き起こすことが多い。長く続く肩の痛みを起こす代表的な疾患として、肩関節拘縮、腱板断裂、変形性肩関節症、インピンジメント症候群があげられる。今回の講演では、4つの疾患を鑑別するための診察の勧め方を紹介し、保存的治療および外科的治療の実際を解説する。
鑑別するための理学所見として、まず可動域の評価がある。正常可動域を獲得するためには、1)関節構造が正常であること、2)関節を稼働するための筋力があること、3)軟部組織(筋や靭帯)の正常な長さがあること、が必要である。したがって可動域の異常を伴う場合は、上記に何らかの異常を起こしている可能性がある。可動域には自動可動域と他動(介助)可動域があり、この両者の評価が重要である。また、関節可動域は個体差が大きいので、左右の比較が診断上重要である。筋抵抗テストも重要な評価項目である。肩関節は骨組織による支持が少なく、関節安定性の多くを軟部組織(筋、靭帯)で行われている。筋抵抗テストはその中の筋肉の評価を行うもので、主に外転筋(棘上筋テスト)、外旋筋(棘下筋テスト)、内旋筋(内旋抵抗テスト、Napoleonテスト)の評価を行っている。上記の診察の組み合わせで、おおよその病変を予想する(表)。日常診療では、これら一連の診察は5分程度で終われるので、先生方の日々の診療に活かせていただければ幸いである。
この臨床診断をもとに検査を行うが、単純X線、MRIが肩関節では有用である。単純X線検査では、関節破壊の有無、肩峰の形態および骨棘形成、骨頭の移動等を評価する。MRIは非常に情報が多く、関節水腫(肩関節、肩鎖関節、肩峰下滑液包)の有無、腱の評価、筋委縮や脂肪変性の有無なども評価可能である。
肩関節疾患の治療の基本は保存的治療で、どの疾患でも、まず可動域訓練や薬物、注射療法を行い、除痛と可動域獲得する。その後に、筋力訓練等の機能訓練を行い機能回復と再発防止を目指す。しかし、筋断裂や関節破壊などの構造上の破綻を起こしている場合は、保存的治療の限界で、外科的治療の適応となる。

 
 

  可動域
制限
臥位で
改善
SSP
テスト
外旋
テスト
内旋
テスト
Napoleon
テスト
拘縮肩 あり なし 陽性 陰性 陰性 不可
腱板断裂 (~3cm) なし なし 陽性 陽性 陰性 陰性
腱板断裂 (3cm~) あり あり 陽性 陽性 SSC
大断裂
SSC断裂
肩OA あり なし 不定 不定 不定 不定
インピンジメント症候群 なし なし 陽性 陰性 陰性 陰性
 

第40回春季学術講演会

第40回総会・秋季学術講演会

「 医療分野へのAI応用とその未来 」
             大阪市立大学 健康科学イノベーションセンター 
             大阪市立大学大学院医学研究科
             放射線診断学・IVR学 人工知能研究室
             准教授 植田 大樹 先生
 
 
 2019年9月17日、医薬品医療機器総合機構 (PMDA)は、大阪市立大学大学院医学研究科放射線診断・IVR学教室で共同開発したmagnetic resonance angiography (MRA)からの脳動脈瘤補助診断プログラムを、ディープラーニングを用いた医療機器として日本で初めて医療機器承認した。まさに医療分野における人工知能 (artificial intelligence; AI) 時代の幕開けといえる。
 AIとは、大量の知識データに対して高度な推論を的確に行うことを目指したものである。その中でも特に当科で得意とする深層学習は自動で特徴を学んでいく。まず、これらAIの基本についてシュミレーションなどを通して概説する。その後、AIの技術をclassification (分類)、detection (検出)、segmentation (セグメンテーション)の3つの観点から説明する。
 当研究室ではAIの医療応用を率先して取り組んできた。その中から、近年注目を浴びる研究事例を紹介する。例えば、上述のMRAからの脳動脈瘤診断AIはもちろん、胸部レントゲン写真からの肺癌検出(こちらもPMDA承認取得済み)に関しての実際に一般内科医や放射線科医が使用前後の診断精度の変化についての研究を紹介する。その他にも、最近開発した、胸部レントゲン写真からの左室駆出率の推定AIや弁膜症を診断するAIなどを紹介する。最後に、医師とAIの認識の違いについて述べ、医療AI時代における医師の役割について考察する。 「 変形性関節症の痛みはどこからくるのか?
    ―軟骨下骨と軟骨老化・滑膜炎に対する新規ヒアルロン製剤の位置づけ― 」
          
     東京慈恵会医科大学 整形外科講座 主任教授 斎藤 充 先生
 
変形性関節症(OA)は, 個々の症例の X 線学的所見や症状は類似している.しかし, そこに至ったリスクは個々に多様である. 症例毎にきめ細やかなリスク評価を行い, 個別化治療を行う必要がある. 変形性関節症の病態解明や治療効果の判定に齧歯類を用いた関節不安定性 OA モデルがある. 優れたモデルであるが,  1 ) 組織老化の程度がヒトと異なる,  2 ) OA リスクの中でも「不安定性」という単一リスクのみで生じる病態を見ているに過ぎない. これは若年期に靱帯断裂や半月板損傷を煩い, 早期に OA を発症した患者さんの病態をみていることになる. 我々はこれまでに加齢に伴う酸化ストレスの亢進に伴う全身の基質蛋白の翻訳後修飾の変化が, 骨粗鬆症・動脈硬化因子・軟骨変性の連関を来たす可能性を指摘してきた. 長野コホートおよび当院の関節症例の組織生, 臨床調査から, 骨粗鬆症, 関節症の共通した危険因子として, 骨吸収の亢進, 骨, 軟骨のコラーゲンの過剰老化が抽出された. すでに大型動物, ヒトの軟骨や滑膜組織の分析から基質蛋白の老化が関節炎を誘導し,  OA のリスクとなることが示されている.  OA の痛みは, こうした滑膜炎に伴う炎症性疼痛や, 軟骨下骨の骨リモデリングの亢進 (破骨細胞性疼痛) に伴う疼痛があり, 両者の合併も当然ある. しかし患者さんは「膝の痛み」として訴えてくるため, 疼痛の由来に対する治療を行う事が除痛をえるためには重要となる. 滑膜炎に対して, ヒアルロン酸は軟骨保護作用, 潤滑作用, そしてマイルドな軟骨分解酵素阻害作用を有するため関節内注射剤として古くから使用されてきた. しかし, 抗炎症作用と作用期間が課題であった. ヒアルロン酸と非ステロイド性抗炎症薬であるジクロフェナクを化学的に結合させた「ジクロフェナクエタルヒアルロン酸ナトリウム (ジョイクル@)」関節注射剤は関節内で緩徐に加水分解されヒアルロン酸としての作用と, ジクロフェナクとしての抗炎症, 鎮痛作用を発揮する薬剤である. 関節液中からは早期に代謝させるものの組織に停滞し作用が持続する. このため同注射剤は 4 週間に 1 回の投与で効果を発揮する. 変形性膝および股関節症に対する臨床試験においてプラセボ対照群に比べて優位な除痛効果が示された. 人生100年時代, 人工関節など手術療法は進歩し満足する成績が報告されているものの, 手術を行うことなく健康寿命100年を全うするための有効な選択肢として今後さらなる臨床成績の蓄積が期待される.
 

第40回総会・秋季学術講演会

第39回春季学術講演会

第39回春季学術講演会

第39回 春季学術講演会
「痛みをめぐる冒険Ⅱ 〜慢性疼痛のせめぎ合い〜」
西宮市立中央病院 院長補佐 前田 倫 先生
 
痛みの対応の難しさは、実質的な損傷がなくても情動体験があれば痛みがあるとすることが困難である。特に終わりのある急性痛と比べて、慢性痛についてのゴール設定を痛みからの解放するためADLの改善に焦点を合わせるべきである。
頭痛について、1次性頭痛と2次性頭痛があり、まずは原因疾患がはっきりしている2次性頭痛を鑑別することが大切である。1次性頭痛は緊張型頭痛、片頭痛、三叉神経・自律神経性頭痛(TACs)の3つの特徴を知っておく必要がある。片頭痛は拍動性で、体動で悪化する頭痛で、嘔気・嘔吐を伴う頭痛であり、光や音が刺激となるので、暗くて静かなところを患者は好む、また、前兆を認めることがある。TACsは主に群発頭痛で、流涙や鼻水といった自律神経症状を伴い、じっとしていられない激烈な頭痛を生じて、男性に多いのが特徴であるが、症例数が少ないため、薬剤の治験が難しいといった問題がある。緊張型頭痛はそれほど強い痛みではなくストレスなどで引き起こされる頭痛であり機序ははっきりしておらず対処が難しい頭痛である。
片頭痛に対する新規治療薬であるCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)抗体についての話になる。
片頭痛の発生機序については現在、三叉神経血管説が有力とされている三叉神経終末から硬膜動脈にCGRPなどの神経ペプチドが放出され、血管拡張が起こり、発作的頭痛が発生するという機序である。CGRP関与するものとして、血管平滑筋弛緩、肥満細胞活性化、satellite glial cellの活性化、侵害刺激受容の亢進、シナプスにおける神経伝達促進などがあり、CGRP濃度の上昇を片頭痛患者に認める報告があり、CGRPが治療のターゲットとなってきた。片頭痛の本来の治療は発作時の頓挫療法と発作の予防療法の2つの軸が基本である。頓挫療法としてはエルゴタミン、NSAIDSを中心とした治療から、現在はトリプタンが治療の中心となっている。トリプタンは5-HT 1B/1D受容体作動薬で、脳血管を収縮させることで血管作動性物質の放出を抑制することで効果を発揮する。一方、新規薬物5-HT 1F受容体作動薬であるditan は血管収縮をきたすことなく三叉神経周囲への血漿蛋白漏出を抑制し、CGRP放出を抑制するという抗片頭痛効果を有する薬剤であり、トリプタンが使えない患者やトリプタンに反応しない患者への選択肢として期待される。
予防治療として、これまではカルシウム拮抗薬であるロメリジン、βブロッカー、三環系抗うつ薬、抗けいれん薬といった薬物が用いられてきた。それぞれ、使用に注意を要することも多くあった。新たな予防薬としてCGRP抗体ガルカネツマブが上市される予定(講演時は未発売)であるが、月1回120mgの皮下注射で、プラセボ群と比較して有意にベースラインと比較して片頭痛予防効果があるとされており、日本でも新たな予防薬として期待されている。ただ高価である欠点がある。また、反復性群発頭痛でもガルカネツマブは300mgの高容量にはなるが発作回数の減少が報告されている(FDAは2019年に認可)
続いて、仙腸関節の関連する痛みについて、仙腸関節障害によって生じる痛みは腰痛・下肢痛、時に鼠径部痛など様々な症状を呈する。診断については、仙腸関節スコア12点満点で5点以上あれば仙腸関節障害の可能性が高くなるとされる。スコアの中でも上後腸骨棘(PSIS)付近を痛い場所として患者が指を差すワンフィンガーテストがもっとも重要とされる。仙腸関節障害診断に用いるテストとしてはGaenslenテスト、Patrickテスト、Newtonテストなどがあるが、いずれも仙腸関節に歪みを与えて痛みが生じるかを確認するテストであり、疼痛誘発されることで、仙腸関節障害の可能性が高くなる。治療としては、仙腸関節ブロックで痛みが軽減されるかを確認することになる。痛みが軽減すれば診断に至る。また、仙腸関節注入ではなく後仙腸靭帯注入でも同様の効果が得られる。仙腸関節の関節外後方靭帯の治療域分類でArea0~3にそれぞれブロック注射することで、関連痛のパターンが違うためにそれを参考にする。
Bertlotti症候群とは最下位腰椎横突起と仙骨・腸骨への片側ないしは両側の癒合からなる解剖学的異常である。仙腸関節障害を起こすことがあり、若年者の慢性腰痛で難治性の場合には考慮する場合がある。
モノクロナール抗体Tanezumabが難治性慢性腰痛、変形性膝関節症、股関節症に対しての効果を認めるも、急速破壊型関節症をきたすことがあり注意を要する。
複合性局所頭痛症候群についてのこれまでの疾患概念についての話をされ、判定基準について、治療と補償は別であるということ、情動の関与や疾病利得といった様々な要素があり複雑な要因となること、末梢だけの問題でなく中枢の問題としてデフォルトモードネットワークの活動が亢進している可能性などが挙げられている。
(要約 藤原俊介)

 

第39回総会・秋季学術講演会

第39回総会・秋季学術講演会

「最新の痛みの診断と治療」
              大阪医科大学 麻酔科学教室 教授
兼 大阪医科大学附属病院 病院長 南敏明 先生
 
 痛みの治療が困難なことをその成因から説明されました。
痛みの治療が困難なのは定義からも分かるように実質的な損傷がなくても同様の情動体験があれば痛みとするという非常に主観的なものであるからです。これは痛みの伝達経路からも明らかなように脊髄/三叉神経脊髄路核-腕傍核-扁桃体路が視床や扁桃体を経由して大脳に痛みを伝達しているからです。扁桃体は過去の恐怖体験などと結び付き情動を生み出します。近年の研究では記憶にないほどの幼少期を過酷な環境で過ごした人はその後、認知機能障害、感情障害、素行障害を伴う可能性が高いと言われています。この機序として、幼少期では、まだ海馬の発達が未熟で、感情中枢が扁桃体に存在し、そこに無意識下での恐怖体験が刷り込まれ事による影響と考えられています。このことから痛みが遷延する人の中には幼少期の虐待、貧困などの生育環境が関与していることが意外に多いと推測されています。慢性痛患者なかには、このようなバックボーンがある可能性に考慮して治療戦略をたてることが重要です。
 
 次に麻酔科の痛みの治療の柱となるブロックについて少し注意すべき点についての示唆がありました。年齢や基礎疾患(特に糖尿病)と共に神経線維は変性し、刺激に対して脆弱になります。術後に原因不明の神経麻痺や障害が起こることがありますが、この中に持続硬膜外ブロックなどで高濃度局麻薬を投与したことに起因するものが少なからずあります。このような患者さんは非常に低濃度の局麻薬の使用でも交感神経ブロックによる血圧低下や知覚、運動神経の長時間の麻酔作用が起こりえます。そのことを十分に踏まえてブロックする必要があります。しかし、厄介なのは炎症が強い神経では局麻薬の効果が発現しにくいこともあり、この場合には局麻薬の濃度をあげることなく、ステロイドを併用し対処することが望ましい方法です。
 
 高齢者の痛みも今後は問題になってきます。高齢者の中でも認知機能に問題のある方に関しては、表情や行動変容を観察することが重要となります。ベンゾジアゼピン系の過剰投与が問題で身動きがとりづらい事による筋挫傷が痛みの原因であった症例もあり、意思疎通の困難な患者さんのペインディテクトの重要性、高齢者に対する安易な抗不安薬や睡眠薬の投与には注意が必要です。
 
 意外に慢性痛の中でも頻度が多いと考えられるのは術後痛です。術後の痛みは10%から20%の人がシビアに感じます。そして1%の人が術後遷延痛に悩まれているとの報告があります。特に開胸術、乳がん、鼡径ヘルニア、帝王切開などの手術後に多いとの報告です。遷延させないためには術後早期から痛み治療の関与することが重要です。これらは典型的な神経障害性疼痛ですので、通常のN S A I Dなどだけではなく、神経伝達をブロックする電位依存性カルシウムチャンネルのα2δブロッカーが有効です。特に近年発売されたミロガバリンは先行して発売されたプレガバリンと比較性して、α2δのサブユニットの1と2の二つの受容体のうち、中枢神経作用の眠気、ふらつきの副作用を発現するα2δ2との解離が早く、そのため副作用がでにくい可能性や増量の調節が容易になる可能性があります。また、神経障害性疼痛の遷延にはグリア細胞の関与が大きく、その活性化が問題になります。これを強く抑制するのが運動療法やS N R Iであり、早期からの運動やデュロキセチン®などの投与が勧められます。
 
 慢性痛はひと昔前にくらべてその機序などが詳細に解明されつつあり、それに付随した種々の薬剤が開発されています。これらの薬剤を駆使し、痛みに早期に介入することが慢性痛の予防には重要です。
                                          (要約:酒井雅人)

第39回総会・秋季学術講演会

「加齢と慢性疼痛―高齢者に対する治療戦略―」
国立長寿医療研究センター 整形外科部長 酒井義人先生
 
 
我が国で有病率15%とされる慢性疼痛は年齢とともに増加する傾向にあり、加齢による運動器障害の発生に加え、疼痛受容のメカニズムが変化していることも考えられる。ヒトは歳をとると生体機能が低下し、いわゆる老化(senescence)と呼ばれる状態になる。高齢者の運動器疾患および疼痛治療においては、この老化のメカニズムを知ることが重要である。老化に伴う炎症シグナルは“ inflamm-aging ”の一部と考えられ、加齢により炎症性サイトカインがサルコペニアをはじめとする加齢性疾患に与える影響が示唆されている。脊髄後角では加齢に伴い下行抑制機能が低下するため、高齢者は痛みを感じやすい反面、アルツハイマー型認知障害では脳における疼痛感受性は低下する。このような高齢者特有の病態が高齢者の運動器疾患や慢性疼痛に影響を与えている可能性がある。
 
老化に関する研究の最前線も紹介しつつ、老化に伴う種々の現象、症候が高齢者の慢性疼痛と関連しているか考えていきたいとご講演いただきました。
要旨は以下の通りです。
 
75歳以上ではVAS>50の患者が15%を占めている。
サルコペニアとは加齢性筋肉減少症で、筋肉量が落ちると痛みの感受性が増強する。
これは下降性抑制系の機能が低下し痛みの感受性が上がるためであるが、ガバペンチ
ノイドはこれを改善すし、アリセプトとの併用で相乗効果が得られる。
 
また、下肢筋肉量が減少するとPTが増加し骨粗しょう症が進行し、体幹筋肉も減少するが、
運動をすることにより筋由来のサイトカインであるミオカイン(IL6)がこの場合は
抗炎症作用を示す。
 
VitD低下により痛みの感受性が増強するが、投与することにより筋肉量が増加する。
またVitDはCOMTを抑制する。
 
老化に伴う“ inflamm-aging ”は老化した細胞が分裂せず炎症メディエータを出していると
考えられている。
 
骨粗しょう症の破骨細胞増加は酸化を起こし骨自体の痛みが出てくるが、エルシトニンは
後角で効いて痛みを軽減する。
 
ケルセチンと言われるVitPは抗酸化作用があり、ブロッコリーに多く含まれている。
(要約:高原 寛)

第38回春季学術講演会

「足の痛み診療におけるエコーの活用」
 
早稲田大学スポーツ科学学術院 教授 熊井 司先生
 
早稲田大学スポーツ科学学術院の熊井司教授をお招きし「足の痛み診療におけるエコーの活用」という演題で御講演いただきました。
足、特に足関節の痛みはX線検査で異常がないので外用薬で経過観察することが多かったのですが、この講演を聴き触診とともに超音波検査をする事で一歩進んだ診療ができるのではないかと思いました。
 また熊井先生は、Jリーグ・Vリーグ・自転車ロードレースのチームドクターをされており、アスリートの足スポーツ障害についてもお話を聴くことが出来ました。あるバレーボールチームではスタッフが定期的に超音波装置で選手の足間接の状態をフォローしているそうです。これにより練習メニューなどが調整され、大きな障害を未然に防ぐように努めているそうです。超音波装置もアスリートの選手寿命延長に貢献していると感じながら、非常に興味深い御講演を拝聴する事が出来ました。
 以下に熊井先生ご後援の抄録を示します。
 
足は元来、皮下脂肪や皮下組織が少なく、ほとんどの腱、腱膜、靭帯といった軟部組織が体表から3cm以内に存在している。そのため、ほとんどの構造物を容易に触れることが可能であり、触診が足を診るにあたっての重要なポイントとなってくる。どの部位にはどういった疾患が起こり得るのかを予め熟知しておくことで、ほとんどの疾患の予測が可能となる。まず触診による痛みの部位の確認を行い、次に画像情報を用いてそこで何が起こっているのかを可視化することで、より正確な診断へと導くことができる。
高周波リニアプローブを用いた超音波検査により、足部のほぼ全域にわたる軟部組織の描出が可能となる。今や超音波診断装置は足の痛み診療において不可欠の診断ツールとなりつつある。放射線被曝の危険性が無く、患者さんに苦痛を与えない検査法であるだけでなく、私たち医師が直接患者さんに接し、モニターの動画をリアルタイムに一緒に見ながら診療できることは、患者さんとのコミュニケーションを確立するうえでも非常に有用な検査法と言える。
 
1.   診断ツールとしての活用
超音波画像による診断技術は年々普及しつつある。組織の形態を描出するだけではなく、動態や血流、弾性といった質的情報を評価できることは超音波診断の特長といえる。足の疾患の中では、腱/腱付着部障害、靭帯損傷、滑膜炎、腫瘍性病変といった軟部組織病変に加え、インピンジメント症候群や疲労骨折、足根骨癒合症といった骨軟骨病変への応用にも用いられる。また、一般のX線検査では不得意とする小児期の靭帯・軟骨損傷に対する超音波検査の有用度は特に高い。
2.   治療補助ツールとしての活用
超音波装置の治療への応用も発展しつつある。アスリートの足スポーツ障害に対する治療原則は保存療法である。超音波装置を局所注入療法のアシストツールとして活用することで、より精度の高い治療効果が得られる。アキレス腱症や付着部症、足底腱膜炎といった難治性腱障害において、ターゲットとする解剖学的部位に正確に局所注入を行うためには今や不可欠なツールとなっている。また、同じくこの技術を用いた超音波ガイド下伝達麻酔(膝窩神経および伏在神経)により、現在ではほとんどの足の外科手術を伝達麻酔で行うに至っている。
                                  (要約:舟尾 友晴)

議事録

第31回秋季学術講演会 学術講演抄録
今回の学術講演は、医療法人 出水クリニックの院長であります出水明先生に、「ミックス型診療所で展開する在宅医療」という演題で御講演をしていただいた。

ミックス型診療所というあまり聞きなれない言葉だが、内科・ペインクリニックの外来診療と同様に在宅ケアも行う診療所であり、出水先生は1996年の開業当初から在宅医療にご尽力されてこられた。
『日本の将来推計人口において、少子高齢化により、2055年には65歳以上の老年人口が40%をこえる。年間死亡数も2035年には現在の1.4倍になると予測されている。
現在、年間126万人が死亡しているが、癌、心疾患、脳卒中がその原因の50%以上を占めている。
余命が限られているときにどこで過ごしたいかという質問に、80%の人が自宅で過ごしたいと答えている。
しかし6割の人が実際は難しいと考えている。
自宅以外で療養したいと答えた人においても、その理由は家族の負担が大きく、迷惑をかけるというものが大半を占めていた。
昭和50年に約半数の人が家で亡くなられていたのに対し、現在家で亡くなられる人は十数%であり、大半の人が病院で最後を迎えている。
各国と比較しても日本は病院死の比率は突出している。
在宅医療、在宅ケアとは、入院治療では改善が望めない病気や障害を持ち、通院困難になった時に、人生の残された貴重な時間を住み慣れた家 (地域) で過ごしたいという患者及び家族の要望を尊重して、医療・介護面からサポートすることである。
障害が残り、あるいは余命を宣告された場合、今できることは何なのかを求めることが大事であり、そしてそれに一番適した場所が住み慣れた自宅であり、自宅で過ごす魅力は非常に大きい。
家での生活を支えるために在宅医療があるが、居宅だけでは完結しないことも多く、他施設間他職種の連携が必要となってくる。
在宅医としての役割は、定期的な訪問診療と臨時の必要に応じた往診を組み合わせ、訪問看護との密接な関係をもとに、24時間365日の対応で、通院困難な患者のかかりつけ医となることである。』
以上のように前半は在宅医療の現状と必要性について講演された。

後半は出水クリニックでの実際の活動を紹介された。
スタッフは常勤医1名、非常勤医1名、常勤看護師 (うち5名はケアマネージャー兼務) で外来診療と訪問診療、訪問看護を担当されている。
1996年以降、在宅導入患者数は644人で、死亡466人に対し、在宅死は70%以上の341人に及んでいる。
かなりの人を在宅で看取られたことになる。
在宅での疼痛管理を含めた医療行為や疾患別の特徴や、在宅ケアの普及のために、医療提供者に求められる24時間365日対応をどのように行なっておられるのか話された。

24時間対応に関しては自院内の訪問看護師との連携体制をとり、毎日朝と昼食時に在宅訪問記録をもとにカンファランスを持たれている。
もちろん訪問看護ステーションとの連携も充実されている。
岸和田在宅ケア24という取り組みについても話をされ、これは岸和田市で同じような在宅ケアを行っている7診療所 (当初4施設) で連携をとり、365日診療所間連携で対応するというシステムであった。
在宅ケア勉強会の開催や、その交流をもとに、地域でのネットワークを充実させることにも努力されており、その功績により岸和田市は8年間で在宅死は3倍となり、もちろん大阪府自治体別癌在宅死割合でトップになっている。
地域診療所間連携により、医師不在時の待機を依頼することも可能となり、自身の外出や休暇も取れるようになったと言われたが、とはいえ在宅での看取りの時間帯で72%は時間外であると聞くと、自分のOffの時間を犠牲にする部分も多いのではと考えてしまう。
その後も実際の活動や経験談を話され、最後に出水医師は、
『家族のホームグラウンドは家庭であり、患者家族がそのホームグラウンドで過ごすことに役立ちたいと思う。
今後も在宅医療の普及のために麻酔科医を始め、さまざまなバックグラウンドを持つ医師が在宅医療に魅せられることを望む。』
と締めくくられた。
「社保審査の現状」抄録
はるなクリニック 春名 優樹
保険診療はルールに基づいての診療であり、審査はそのルールに適合しているかを判断している。ルールは「保険医療機関および保険医療養担当規則 (療担規則)」、「医科点数表 (の解釈)」に示されている。支払側 (保険者) に説明できるレセプトが必要で、そのためには症状詳記が重要になる。ペインクリニックで特に関心が高いと思われる「神経ブロックが容認される症例」に関しての支払基金の基本的スタンスは、神経ブロックは急性期が適応であり、慢性期は注射治療 (トリガーポイント注射など) が主になる、というものです。
慢性期に必要性に迫られて神経ブロックを施行する場合は、その必要性に関しての症状詳記が必須です。神経ブロックは特別な治療と認識していただき、特別な治療をする場合は詳記をお願いします。


「認知症と意識障害」 

      名古屋フォレストクリニック 院長 河野 和彦 先生

   河野先生は毎年、400人を越える認知症の患者を診察し、クリニックのホームページでは認知症ブログを書き続けるなど、認知症への理解を広める取り組みを積極的に展開しておられます。その方法論は河野メソードとよばれ、最新著書として今回「高野メソードで見る認知症診療」(日本医事新報社)を上梓されたばかりであります。今回、河野を講師に招き「認知症と意識障害」についてご講演いただいたので、その要約を以下に報告いたします。

 「認知症は10年で倍増する。」と考えていた厚労省は読み違いであり、認知症は急増しており、認知症爆発は明日にでも起こる。認知症はあなたの外来にも必ずいるはず。現在、75歳以上の5分の1が認知症と考えられる。判別するにはぜひ改訂長谷川式スケールの習得を推奨された。このスケールの盲点として、1)認知症を確定するカットオフポイントが無いこと。2)スコア1桁の患者は必ずしも重度ではないこと。3)スコアが低い認知症患者がいる点、を指摘された。具体的に、加齢と認知症の違いを買い物、料理、薬、怒る、排尿行為等の例を出しこういう言い方ならわかるでしょと解説された。ここまでが一般論であり、今回の講演のテーマの一つとして、まず認知症の概要を話された。大前提として認知症学は未完成のため、役に立たない約束事があること。例えば、「意識障害のある時に認知症と確定してはなぬ。」に対して、「現実には、1部の認知症はせん妄を合併している。」などの例をあげられ、新たな認知症学の構築が必要であることを強調された。また、注意事項として、内科疾患では、甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏症、ビタミンB1欠乏症(ベルニッケコルサコフ症候群)など。脳外科疾患では、正常圧水頭症、硬膜下血腫などのtreatable dementiaのルールアウトが重要で、見落とすと裁判では負ける旨説明された。次に、認知症の分類を、変性性認知症と二次性認知症に分類し、前者では、アルツハイマー型認知症(ATD)、レビー小体型認知症( DLB)、前頭側頭葉変性症(FTLD)、ピック病、意味性認知症があり、後者は主に脳血管性認知症(VD)が該当する。各認知症の症例提示がなされ、その特徴と診断手段なとが丁寧なスライドにより説明された。

 次に今回のテーマである、認知症と意識障害について講演された。意識障害とは、物事を正しく理解することや、周囲の刺激に対する適切な反応が損なわれている状態をさす。また、意識の構成は「清明度」、「広がり」、「質的」の3つの要素があり、「広がり」の低下(意識の狭窄)は、催眠、昏睡、半昏睡、昏迷、失神。 「質的」変化(意識変容)はせん妄やもうろう等を生じる。また、覚醒の座は、主座は脳幹網様体調節系にあるとされ、もうひとつ認知に関しては大脳皮質全体に存在すると言われている。意識障害の場合は、この一方ないし両方が損害されている。即ち、意識障害をみた場合は脳幹、大脳皮質、全身性疾患の3つを考えれば良い。 DLB に起きたせん妄例や、大脳皮質の例として、クロイツフェルト•ヤコブ病、全身疾患例として肝性脳症、大脳皮質と脳幹合併例として低活動性せん妄例のスライドが紹介された。ここで河野メソー

ドの考え方として、認知症を意識障害で二群に分けると、覚醒系認知症(ATD. FTLD)では抑肝散やニコリン注射への反応が無反応なのに対して、意識障害系認知症(クロイツフェルトヤコブ病、DLB、代謝•内分泌系認知症、脳血管性認知症)などは良好な反応を示す。このような観点から、具体的な症例が以下提示された。急激に悪化したATDへの対応として、1)新病変の検索、2)薬の副作用のチェック、3)診断の変更を掲げ、パーキンソン病(PD)の診断では、歯車様筋拘縮の具体的な調べ方、レビー小体型認知症 (DLB) の意識障害3態、各症例にニコリンを投与して劇的に改善したスライドが紹介された。なぜ DLB は劇的に改善するのかのスライドでは、DLB はATDと違い脳萎縮が軽いため、元々意識回復の実力を秘めていることが視覚的に示され、なるほどと納得させられた。意識障害を消すことがDLB治療のコツであるという河野メソードが披露された。結局、意識障害系認知症では中核症状や周辺症状に薬剤を投与する前に意識障害を覚醒させないと話にならないわけである。ここからは、ニコリン注射療法の実際の投与方法がスライドで紹介された。

 次に、河野メソードの治療論が紹介された。脳萎縮は絶望ではないこと、誤った考え方は、周辺症状は、中核症状から派生したものだから、中核症状を治せば、周辺症状も消えるはず(アリセプト単独処方)であり、河野メソードでは、陽性症状をまず抑制系で落ち着かせてから中核症状改善薬を投入する。そのためには、今まで投与されてきたアリセプトをウオッシュアウトすること、抑制系を投入することが大事で、アリセプトを急にやめても脳内に17日間残るため、悪性症候群は起きないことが強調された。また、河野メソードでは家族にどうして欲しいかを聞くことが大事で、その具体作として、配布された資料コミュニケーションシートの利用を勧められた。ここからは河野メソードによる実際の症例がたくさんのスライドで提示された。その中から、アセチルコリンドーパミン天秤の概念やアリセプトとリスバダールをドパミン阻害ダブルバーガー称し、実際のハンバーガーをモチーフにしたスライドも提示された。また、健康補助食品として、NEWフェルガード(フェルラー酸+ガーデンアデリカ)の認知機能改善効果や、ルンベルクス•ルベルスの動脈硬化改善効果が紹介された。また、新薬紹介として、レミニール、メマリー、リバスタッチパッチに対する河野先生の評価が述べられた。最後に、1.一般医の認知症の参入は社会の強い要請、2.いわゆる専門医の医療レベルは、 惨憺たる状態である、3.薬物の種類、用量の規定は守るべからず、4.意識障害の解消なくして認知症治療は進まないことが、まとめのスライドで提示された。そして、名医への近道としてアリセプトを絞ること、ニコリン注射を多用することを掲げて、講演終了となった。以上、余りにも密度の濃い講演であったため、紙面では書ききれなかったが、詳しくは、河野先生の最新著書「高野メソードで見る認知症診療」(日本医事新報社)を一読されることをお薦めする。なお、この講演の感想を河野先生自身のブログ(http://dr-kono.blogzine.jp/ninchi/2012/10/)に掲載されておりますので、こ興味のある方は、このブログもご参照ください。

 (要約 浜 直)