大阪臨床麻酔医会抄録
「運動器の痛み診療最前線2024
~腰痛になぜ硬膜外ブロックが有効なのか~」
ぱくペインクリニック 院長 朴基彦先生
腰痛を如何に診断し治療するか?この問題に頭を悩まされる先生方は多いのではないであろうか。通常は圧痛や、前屈や後屈での疼痛誘発の有無、パトリックテストやニュートンテストなどをおこない、椎間板性、椎間関節性、仙腸関節性、筋筋膜性、それぞれの腰痛を診断し、治療をおこなっているのが大多数の先生方のやり方ではないかと推察する。しかしなかなか、そのやり方だけではうまくいかないケースも多いのではないであろうか。私は臨床で多くの患者を診察するうちに、腰痛患者には比較的軽微な片側下肢筋力低下が合併しているケースが多いことに気づいた。そして、その筋力低下を手掛かりとして治療をおこなうと今までよりも治療がうまくいく場合が多いことが分かった。ここではそのやり方を簡単に紹介したい。また長年私を悩ませてきた腰椎変性辷症の腰下肢痛について、ある程度有効な治療方法を見い出すことが出来たので、超音波による動的評価と合わせて紹介する予定である。
講演概要
南西方面における海洋安全保障の現況について」
一等海上保安監
海上保安庁 海洋安全保障推進室 国際戦略本部 粟井 次雄 氏
1.世の中誤解だらけ
尖閣情勢については、国民の関心事にもかかわらず、正確な情報とそれを理解するための基本的な知識が十分に提供されているとは思われません。こうした場をお借りして少しでも理解を深めていただくことができればと考えてお受けした次第です。世の中には、「外国船が領海に入ってきたら『領海侵犯』で撃沈せよ、明らかな国際法違反に対して日本は弱腰で何をしている」などという勇ましいネットの書き込みが見られますが、これなど無知の最たるもので、そのようなことを正当化する「国際法」というものがあるのならばお伺いしたい。しかしながら、そのような啓蒙に努めない政府やマスコミにも責任があろうと思います。
海洋の秩序は1982年の「国連海洋法条約 (UNCLOS)」によって大枠が定められていて、外国船舶が領海内を航行することが無条件に国際法上の不法行為になるわけではありません。これが領空侵犯との違いであって、沿岸国の平和、安全、秩序を害しない限り、外国の領海内を通過することは「無害通航」といって直ちに違法ではありません。そもそも「領海侵犯」というのは法律や条約の言葉ではなく、社会用語にすぎません。ただし、尖閣で中国政府の船が徘徊して領海に侵入する行為は無害通航には当たらないので、国際法に反する行為であります。ただし、条約は軍艦や政府所属の船舶に対する実力行使を禁じていますから、条約遵守の立場から日本は強制排除措置を控えているという状況です。ただし、単なる船舶の航行秩序にとどまらない主権侵害行為に及んだ場合、例えば生命財産に危険を生じる行為や組織的な不法上陸などがあった場合は当然必要な措置を取ることになります。これが所謂「グレーゾーン事態」というもので、これは後から申し上げます。
このように、日本は条約の規定を厳格に守る姿勢で海上警備に臨んでいますが、国際条約というものは国内法のように厳密な理論で組み立てられたものではなく、違反に対して誰かが処罰するわけでもありません。過去の慣習を明文化したという性格の規定も多く、条約は自国の国益を優先する各国間の妥協の産物であって、解釈にあいまいさを残して自国に有利な解釈を行うというのは普通に行われていることです。これが国際法の限界で、理屈の正しい者よりも声の大きい者や力の強い者が勝つという面は否定できません。刑法などのように、普遍的正義があってそれを裁判所が担保し、違反に対しては処罰が行われるという理解は誤りであって、「力は正義」という考えがまかり通る世界です。昨今中国とその周辺国で起きていることを見れば理解できると思います。
2.東シナ海の現状
尖閣諸島というものは写真で見たことがあるだけで、どこにあるかもよくわからないという方がほとんどであると思います。これは国益に関する教育や周知啓発を怠った公の不作為責任と思いますが、まずは地理的状況を少し説明いたします。主島の魚釣島を中心とする尖閣諸島は、石垣島から北に90海里(170㎞)のところにあります。これは、早い船であれば4時間、遅い船だと10時間程度で、台湾からはほぼ同じ距離ですが、沖縄本島からだと一昼夜かかります。中国本土からはずっと遠いので、敵の動きを航空偵察や宇宙からの監視でしっかり見ておけば、後れを取ることはありません。情報優勢は大変重要であります。
ここを舞台に日中が24時間、すでに12年以上にらみ合いを続けているわけで、これは2012年の尖閣国有化以降の中国船の活動の状況です。しかし、尖閣諸島だけでなく、東シナ海全体が日中間の懸案であって、よく言われる「排他的経済水域(EEZ)」、これも国連海洋法条約に規定がありますが、日中間で合意が得られていません。日本は地理的中間線を主張していますが、中国は沖縄の近くまで自国の大陸棚が伸びているので、そこまで中国の権益が及ぶと主張しています。これは無茶な言い分で、理論では日本に正当性がありますが、条約では双方の合意により境界を定めることになっているので、画定は困難な状況です。この場合、漁業秩序はどのようになるかというと、日中間ではEEZの境界が確定できるまでは自国の漁船を自国の法令によってのみ管理する、つまりお互い自由勝手に操業するということになっています。こうなると漁獲能力の大きいほうが強いわけで、漁船の数も大きさも中国が圧倒的ですから、東シナ海の漁業は完全に中国の支配下にあるということです。もちろんこれはEEZ内でのことであって、領海内では我々が中国漁船の活動を完全に抑え込み排除しています。
東シナ海を中国の立場で見ると、琉球列島が海域を包囲して、太平洋へのアクセスを「通せんぼ」しているように見えます。これは中国にとっては大きなジレンマで、東シナ海における船舶の行動の自由のためには、尖閣が日本のものであっては目障りかつ不都合であって、特に「沖縄―宮古海峡」という、太平洋に出るためのチョークポイントに向かう航路の中間にある尖閣諸島を抑えることの戦略的価値は極めて高いといえます。中国は、南シナ海でやっているのと同じように、東シナ海から日本のプレゼンスを排除することで行動の自由を得ようと考えており、これは台湾有事とも関連すると考えられ、台湾有事の際に尖閣が無傷のままとは思われません。日本もそうした戦略的意味は十分にわかっていますから、尖閣を睨む石垣島、宮古島、与那国島などに情報施設や強力なミサイル部隊を配置しています。当庁も船と飛行機の最大勢力を南九州から沖縄に配置し、自衛隊も佐世保の水陸機動団をおいて日々奪還訓練を行っており、有事の部隊輸送能力の強化も進めています。政府の取り組みはあまり知られないところで可能な限り行われており、誰も守ってくれないところでは「自らの力こそが正義」ということであります。
3.尖閣諸島の概要と昨今の現状
尖閣諸島は1895年に日本が領土に編入してから今日に至るまで、一度も外国の支配が及んだことはなく、ここでは昭和初期まで人が居住して漁業や水産加工業をやっておりました。この写真は島を開拓した古賀商店の写真で、この石組みは今でも一部が残っています。魚釣島には、古賀商店の顕彰碑や海上保安庁が作った簡単なヘリポートがあり、灯台も建っています。中国は「尖閣諸島は国際法上も歴史的にも中国の領土」で、証拠はいくらでもあると主張していますが、根拠や歴史的事実を証拠として具体的に明らかにしたことはありません。1969年に中国の国家測量機関が作成した地図(中華人民共和国分省地図)は尖閣諸島を日本領としており、前文に毛沢東の署名までありますから、これひとつをとっても中国の言い分には全く根拠がないのですが、この不都合な地図は中国の主張のアキレス腱で、日本はこうした明白な証拠や歴史的事実をもっと世界に主張すべきと思います。この地図は、原田義昭元環境大臣が入手して国会で明らかにしたものですが、ここでは中国式の「釣魚島」ではなく「魚釣島」「北小島」「尖閣群島」という日本の名称が使われています。「尖閣」というのは、1900年に調査を行った沖縄師範の黒岩 恒が命名したもので、中国にこの言葉はありません。尖閣諸島は日清戦争で日本が台湾とともに盗んだものだという主張は後からのこじつけで、この地図を日本が入手したことを中国は大失態と考えているのではないかと思います。
灯台の設置と管理は国家主権を象徴する行為ですから、少し説明を加えると、この太陽電池の小さな灯台は、日本の政治団体が設置したものを国に移管して海上保安庁が管理しているものです。尖閣が今ほど緊張していなかった頃に建てられたものですが、いまやこの灯台は主権の象徴として極めて存在意義の大きいもので、建てた団体は国家的功労者であると思います。この灯台は国際的にも登録されて海図にも記載されていますが、中国は不都合な事実としてこれに言及することはありません。海上保安庁は定期的に上陸して保守点検を行っていますが、これを確実に維持することは我々の重要な責務であります。
4.政府の対処と課題
最後に、有事をにらんだ我が国の姿勢と課題について申し上げます。無害通航について冒頭にご説明しましたが、これは半ば平時の理論であって、国家の関与が疑われる大規模な漁船団の襲来や、武装集団による上陸といった主権侵害行為が行われた場合、それが武力攻撃事態に至らないものであれば、治安維持のため海上保安庁等が対処し、状況の推移から手に負えない状況になれば、警察力を補う形で海上自衛隊が実力行使に加わることになっています。これは「海上警備行動」として自衛隊法に明記されており、これが所謂「グレーゾーン事態対処」と言われる、我が国の対処の基本です。
しかしながら、「海上警備行動」において自衛隊は軍事組織ではなく、警察機関として行動しますから、「武器の使用」はできても防衛出動時のような「武力の行使」はできません。警察活動と防衛作戦は全く異なるもので、防衛では最終的に勝てばよいのですが、警察活動は(あさま山荘事件のように)少しでも死傷者が出たら失敗です。したがって、自衛隊といえども海上警備行動では手足を縛られたような活動しかできません。しかし、自衛隊が対処に加わることは先制軍事介入という口実を相手に与えかねない危険があり、海上警備行動の発令はハードルが高く運用も難しいと思われます。日本は、主権侵害行為の武力による排除を厳格かつ抑制的に考えているためこのような対処を取るのですが、そのような姿勢が相手に確実に伝わる保証はなく、むしろ逆手に取られて思うつぼにはまる危険があるのではないかと考えています。尖閣では、先に引き金を引いたほうが負けであります。
したがって、日本は敵を圧倒する防衛体制を整えつつ、海上警備行動の発令が必要になるような事態の発生を避けるよう最大限の努力を払う「圧倒と忍耐」を対処の基本とすべきであろうと思います。領海侵犯は国際法違反だから構わず撃て、などというのは愚策の最たるものであります。離島奪還能力は重要ですが、取られてから取り返すというのは戦略的には失敗で、絶対に取られないことを戦略の基本に据えなくてはなりません。主権を守るのは国民の力であり、無関心では戦えません。正しい知識を持ち、冷静な態度で現場を応援していただきたいと思います。
最後に、習近平は台湾対岸の福建省で15年間統一戦線工作に従事し「党の中で自分が最も台湾に詳しい」と発言しています。鄧小平や父である習仲勲が決めた主席の任期を撤廃し、台湾統一を政権公約としており、台湾統一を実現しなければ共産党の正統性が揺らぐ事態になります。このため、中国研究者の中では、2027年までに習近平は何らかの行動を起こすという認識が共通化しつつあるようで、私に何らかの予測ができるようなことではありませんが、アジアの安全保障は戦後最大の緊張状態にあることは間違いないと思います。
(講演骨子は拙著「The Silent Guardians」によっています。)